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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)5606号 判決

原告 甲野一郎

右法定代理人後見人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 井上俊治

被告 佐藤浩美

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 縣郁太郎

同 藤田良昭

同 野村正義

被告 深江運送株式会社

右代表者代表取締役 橋本和英

右訴訟代理人弁護士 川村俊雄

同 木村保男

同 的場悠紀

同 大槻守

同 松森彬

同 中井康之

同 福田健次

被告 安達康彦

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 新谷勇人

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、六〇四六万三五三二円及びこれに対する昭和六三年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、二億一五四九万八一七一円及びこれに対する昭和六三年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五九年一〇月一二日午後九時七分ころ

(二) 場所 大阪府枚方市堂山一丁目三四番地先路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 第一加害車両 普通乗用自動車(登録番号、大阪五二せ五八三二号、以下、「佐藤車」という。)

右運転者 被告佐藤浩美(以下、「被告浩美」という。)

右所有者 被告有限会社阿波商店(以下、「被告阿波商店」という。)

(四) 第二加害車両 普通貨物自動車(登録番号、大阪一二く五三四号、以下、「深江車」という。)

右運転者 訴外塩崎義次(以下、「訴外塩崎」という。)

右保有者 被告深江運送株式会社(以下、「被告深江運送」という。)

(五) 第三加害車両 普通貨物自動車(登録番号、大阪一一な九六八三号、以下、「安達車」という。)

右運転者 被告安達康彦(以下、「被告安達」という。)

右保有者 被告金丁顯(以下、「被告丁顯」という。)及び被告金健一(以下、「被告健一」という。)

(六) 被害車両 自動二輪車(登録番号、大阪ら八九二三号、以下、「乙山車」という。)

右運転者 訴外乙山春夫(以下、「訴外乙山」という。)

(七) 態様 本件事故現場付近は終日駐車禁止の場所に指定されている車道幅員四・七メートルの東西道路であるが、訴外乙山が、原告を後部座席に同乗させた乙山車を運転して本件事故現場付近の道路(以下、「本件道路」という。)の南側(左側)を西に向かって進行してきたところ、本件道路の北側に駐車していた深江車を避けるために道路中央を対向して東進してきた佐藤車がそのまま漫然と直進してきたため、その前照灯に眩惑されて道路南側に駐車していた安達車の発見が遅れ、佐藤車と安達車のいずれかに衝突する危険性が生じたので、急ブレーキをかけ、そのために乙山車が転倒し、その際路上に投げ出された原告が佐藤車に衝突した。

2  責任原因

(一) 被告浩美の責任

被告浩美は、佐藤車を運転し、本件道路を東進して本件事故現場に差しかかった際、車道部分の幅員が約四・七メートルである本件道路の進路前方北側に深江車が車道内に約七〇センチはみだして駐車し、さらにその約一八・七メートル前(東)方の本件道路南側には安達車が車道内に約四〇センチはみだして駐車しており、このように両側駐車のなされている本件道路を乙山車が東から西に向ってかなり接近した位置を進行してくるのを認めたのであるから、乙山車の運転者の視界を眩惑しないように前照灯を下向きにするとともに、深江車の手前で一時停車して乙山車の通過を待つか、仮に進行し続けるにしてもクラクションまたはパッシングにより自車の進行を乙山車に知らせたうえ、同車の動向に注意して進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、深江車を避けて道路中央付近に進路を変え、前照灯を上向きにしたまま漫然と進行した過失により、その前照灯で訴外乙山を眩惑させて安達車の発見を遅らしめ、乙山車をして、佐藤車と安達車のいずれかに衝突する危険性のきわめて高い状態に直面させ、急ブレーキをかけることを余儀なくさせて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(二) 被告阿波商店の責任

被告阿波商店は、本件事故当時、佐藤車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(三) 被告佐藤勝夫(以下、「勝夫」という。)の責任

被告阿波商店は、取締役である被告勝夫以外には従業員が二人いるだけで、実質的には被告勝夫の個人商店(酒類販売業)であるうえ、同被告は、佐藤車をその個人的用途にも使用していたのであるから、佐藤車に対する運行支配及び運行利益を有し、本件事故当時、佐藤車の運行供用者の地位にあり、同被告もまた、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(四) 被告深江運送の責任

被告深江運送は、本件事故当時、深江車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるところ、その従業員である訴外塩崎が、本件事故当日の午後八時過ぎころ、後記のとおり、南側には安達車が違法駐車をして既に危険な状態になっている本件道路の北側の安達車から一八・七メートル西方にしか離れていない位置に、駐車灯もつけずに、長さ八・五メートル、幅二・二八メートルの深江車を車道上に約七〇センチはみだした状態で違法駐車をして、本件道路における対面通行車両の離合をより危険な状態にしたために、右危険の現実化として本件事故が発生したものであるから、本件事故は、深江車の運行によって生じたものというべきであり、従って、被告深江運送は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(五) 被告安達の責任

被告安達は、終日駐車禁止の指定がなされている本件道路に、夜間、駐車灯もつけずに、路側帯からはみ出した状態で長さ七・五三メートル、幅二・四九メートルの安達車を駐車させれば、これによって対面同時通過が困難になるなど通行車両にとって著しく危険な状態が惹起され、本件のような事故が発生することは容易に予見可能であったから、右のような駐車を回避すべき注意義務があったのに、これを怠り、事故当日の午後八時ころ、駐車灯もつけず、車道上に約四〇センチはみだした状態で、安達車を本件道路南側に駐車してそのまま放置した過失により、右危険の現実化としての本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(六) 被告丁顯及び被告健一の責任

被告丁顯、同健一は、本件事故当時、安達車を自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(七) 被告らの責任関係

本件事故は、安達車及び深江車の違法駐車によって惹起された危険な状態と、被告浩美の過失ある行為が関連共同して発生したものであるから、以上の被告らの不法行為責任は、民法七一九条所定の共同不法行為の関係にあり、被告らは、各自、原告に対し、後記全損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

原告は、本件事故により、外傷性脳幹損傷の傷害を受けた。

(2) 治療経過

原告は、前記傷害の治療のため、次のとおり入院して治療を受けた。

① 昭和五九年一〇月一二日から同年一一月二日まで関西医科大学附属病院に入院

② 昭和五九年一一月二日から同六〇年二月八日まで国立循環器病センターに入院

③ 昭和六〇年二月八日から同六一年五月八日まで愛仁会高槻病院に入院

④ 昭和六一年五月八日から同年九月五日まで市立枚方市民病院に入院

(3) 後遺障害

原告は、前記のとおり治療を受けたが、前記受傷により知能は三、四才程度で精神的にも廃疾の状態となり、さらに、四肢麻痺、言語障害、視力障害、眼球震盪の後遺障害が残り、昭和六一年九月五日にその症状が固定したが、右後遺障害は自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表一級三号に該当するもので、自動車保険料率算定会大阪第三調査事務所によってもその旨の認定がなされている。

(二) 損害額

(1) 治療費 四二〇万九二六〇円

原告の前記治療のために四二〇万九二六〇円の治療費を要した。

(2) 付添看護費 三〇八万七五〇〇円

原告は、前記入院期間中付添看護を必要とし、近親者による付添看護を受けたので、事故当日から昭和六〇年一〇月三一日までの三八五日間については、一日当たり四〇〇〇円、計一五四万円、同年一一月一日から昭和六一年八月三一日までの三〇四日間については、一日当たり五〇〇〇円、計一五二万円、同年九月一日から同月五日までは、一日当たり五五〇〇円、計二万七五〇〇円、合計三〇八万七五〇〇円相当の損害を被ったものというべきである。

(3) 入院雑費 七五万六三〇〇円

原告は、前記入院期間中、事故当日から昭和六〇年一〇月三一日までの三八五日間については、少なくとも一日当たり一〇〇〇円、計三八万五〇〇〇円、同年一一月一日から昭和六一年八月三一日までの三〇四日間については、少なくとも一日当たり一二〇〇円、計三六万四八〇〇円、同年九月一日から同月五日までは、少なくとも一日当たり一三〇〇円、計六五〇〇円、合計七五万六三〇〇円の雑費を要した。

(4) 交通費 六八万九八九〇円

原告の前記入院期間中の近親者による付添のための交通費(原告の父甲野太郎の自家用車のガソリン代及び駐車料を含む。)として合計六八万九八九〇円を要した。

(5) 介護費 八一二二万一九九〇円

原告(昭和四一年一二月一九日生)は、昭和六一年九月五日に枚方市民病院を退院後、重度身体障害者更生援護施設社会福祉法人わらしべ会わらしべ園(以下、「わらしべ園」という。)に入園中であるところ、同園は身体障害者福祉法に基づく施設で、その入園期間は原則として五年以内とされているため、平成三年九月ころには同園を退園して、それ以降は自宅で生活せざるを得ないが、原告の障害の程度(自分の意思では何一つ行動できない。)、体の大きさ(身長一メートル八二センチ、体重六二キログラム)、家族構成(父と祖母の三人家族)からみて、今後継続的に職業付添人一名の住込による常時介護を必要とし、その費用として一日当たり少なくとも一万円を要するから、右金額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、退園時からの平均余命である四八年間に要する付添看護料の訴え提起時の現価を計算すると八一二二万一九九〇円となる。

(計算式)

10,000×365×(24.9836-2.7310)=81,221,990

(6) 家屋改造費 五九〇万円

原告がわらしべ園退園後自宅で生活するためには、以下のような改造工事を行わなければならず、その費用として合計五九〇万円を要する。

① 浴室

原告は、四肢が麻痺しているため、入浴に障害者用特殊浴槽が必要なうえ、浴室には障害者用入浴機器の使用や介護のためのスペースを確保するために浴室を拡張する必要があり、さらに床面は滑り止め床材にし、障害者用手摺を設置するなどの改造工事を行わなければならない。

② 洗面所

①の改造のために、洗面所の位置を移動するとともに、障害者用洗面器を設置する必要がある。

③ 便所

①②の改造のために、便所の位置を移動するとともに、便器を障害者用に取換え、手摺の取りつけ、給・排水工事等を行う必要がある。

④ 天井走行型リフト

四肢が麻痺している原告の風呂、洗面所、便所への移動には、天井走行型リフトの設置が必要である。

⑤ 寝室の改造

原告の自宅のうち、広さや位置から原告の寝室に最も適している部屋が現在和室になっているため、ここをベッドを常設するに適した洋室に改造する必要がある。

⑥ 段差解消工事

原告の車椅子によるスムーズな移動のために、⑤の寝室に予定している部屋と隣室との間、玄関と廊下との間にそれぞれある段差を解消する工事が必要である。

(7) 介護用品費 三二五万六五二五円

① 介護用ベッドのレンタル料金 三六万二五一五円

原告は、昭和六一年九月以降、介護のために必要な介護用ベッドを継続的に借入れており、そのレンタル料金として平成二年七月までに七万三〇〇〇円を要したが、今後も借入れを継続する必要があり、平成二年七月現在のレンタル料金は年間一万二〇〇〇円であるから、右金額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、平成二年八月以降の原告の平均余命である五一年間に要する右レンタル料金の現価を算出すると二八万九五一五円となり、右合計三六万二五一五円が介護用品費の損害となる。

② 車椅子購入費 一〇八万四五三八円

原告は、移動のために必要な車椅子を現在までに二度購入して、その代金として一回につき一二万九〇一〇円を支払い、そのうち七万円について補助を受け、残額の五万九〇一〇円を二度にわたって自己負担しているが、今後も車椅子を二年に一度は購入しなければならず、平成二年八月以降の原告の平均余命である五一年間には二六回購入する必要があるから、前記の五万九〇一〇円を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、平成元年八月以降に要する車椅子購入費用の現価を算出すると九六万六五一八円となり、右合計一〇八万四五三八円が車椅子購入費の損害となる。

③ その他の各種介護用品費 一八〇万九四七二円

原告は、その他の各種介護用品のための出費として平成二年七月現在で一年間に少なくとも七万五〇〇〇円を要しているから、右金額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、平成二年八月以降の原告の平均余命である五一年間に要する右費用の現価を算出すると一八〇万九四七二円となる。

(8) 後遺障害による逸失利益 一億一八一八万八七〇六円

原告(昭和四一年一二月一九日生)は、本件事故当時、大阪府立枚方西高等学校三年に在学中の健康な男子で、大学への進学を希望しかつ進学は確実であったから、本件事故に遭わなければ、平成元年三月に二二歳で大学を卒業して、同年から六七歳まで四五年間稼動することができ、その間昭和六一年賃金センサス第一巻第一表の大学卒男子労働者の平均年収である五二六万一〇〇〇円にベースアップ分として五パーセントを加算した五五二万四〇五〇円程度の収入を得ることができるはずであったところ、本件事故による前記後遺障害のために労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。そこで、右収入額及び就労可能期間を基礎に、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、前記後遺障害による逸失利益の症状固定時の現価を算定すると一億一八一八万八七〇六円(一円未満切り捨て)となる。

(計算式)

5,261,000×1.05×(21.1263-2.7310)=118,188,706

(9) 慰謝料 二五〇〇万円

原告が前記受傷のために受けた肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料として相当な額は、二五〇〇万円を下らない。

(10) 弁護士費用 一五六九万円

原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として一五六九万円を支払うことを約した。

4  損害の填補 四二五〇万二〇〇〇円

原告は、本件事故につき、自賠責保険から四二四〇万円の支払を受けたほか、身体障害者福祉法に基づく医療費還付金として一〇万二〇〇〇円を受領しており、これらを前記損害に充当した。

よって、原告は、被告ら各自に対し、二億一五四九万八一七一円及びこれに対する本件事故発生の日ののちである昭和六三年六月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告浩美、同阿波商店、同勝夫(以下、右被告三名を「被告浩美ら」と総称する。)の認否

1  請求原因1のうち、原告主張の日時、場所において、訴外乙山が後部座席に原告を同乗させた乙山車を運転して本件道路の南側(左側)を西に向かって進行し、佐藤車が本件道路の北側に駐車していた深江車を避けて道路中央を乙山車に対向して東進したこと、訴外乙山が危険を感じて急ブレーキをかけたところ乙山車が転倒し、その際路上に投げ出された原告が佐藤車に衝突したことは認めるが、その余の事実、特に訴外乙山が佐藤車の前照灯に眩惑されたために安達車の発見が遅れたとの点は否認する。

2  同2(一)のうち、本件道路の北側に深江車が駐車しており、その約一八・七メートル東方の本件道路南側に安達車が駐車していたこと、被告浩美が東方から本件道路の南寄りを進行してくる乙山車を発見したこと、深江車を避けて道路中央付近を進行したことは認めるが、被告浩美が乙山車を発見した時点で同車がかなり接近していたとの点及び前照灯を上向きにして漫然と直進し続けたとの点は否認し、被告浩美には、乙山車に対して安達車や自車との衝突の危険を生じさせないように、深江車の手前で一時停止して乙山車の通過を待つか、クラクションまたはパッシングにより自車の進行を知らせたうえ、乙山車の動向を注意して進行すべき注意義務があったのに、これを怠った過失があるとの主張は争う。

道路上に障害物がある狭路で対向車両が離合する場合には、自車の進路上に障害物のある方の車両が減速ないし停止して相手車を優先的に通行せしむる義務があるというべきであるところ、当時の乙山車の速度は少なくとも時速八〇キロメートルから九〇キロメートル以上であり(右速度は訴外乙山及び原告の飛ばされた距離から算出される。)、佐藤車が深江車の横を通過し終った時点では乙山車は安達車の東方数十メートルの地点を走行していたのであるから、自車の進路上に安達車の存する乙山車の方で減速して佐藤車に進路を譲るべき義務があったものである。なお、仮りに被告浩美において深江車の側方を通過したのち速やかに道路北寄りに進路を戻すべきであったとしても、佐藤車が深江車の東端から七ないし八メートル前方の地点に差し掛かった時に乙山車はバランスを崩しており、乙山車は佐藤車が深江車の側方を通過し終わらない時点で既に急制動を掛けていたものと推認されるから、佐藤車が深江車の側方を通過するのと同時に左方一杯に寄っていたとしても結果は異ならず、佐藤車の走行態様と本件事故の発生との間には因果関係はない。

3  同2(二)のうち、被告阿波商店が佐藤車の所有者であることは認める。

4  同2(三)の事実は否認し、被告勝夫が本件事故当時佐藤車の運行供用者の地位にあったとの主張は争う。

5  同2(七)は争う。

6  同3(一)の事実のうち、原告の後遺障害につき、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表一級三号に該当する旨の調査事務所の認定がなされていることは認めるが、その余の事実は不知。

7  同3(二)はいずれも争う。

8  同4の事実は認める。

三  請求原因に対する被告深江運送の認否

1  請求原因1のうち、深江車の保有者が被告深江運送であること、本件道路が終日駐車禁止になっていること、本件事故当時、深江車が本件道路の北側に駐車していたことは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2(四)のうち、被告深江運送の従業員である訴外塩崎が本件事故当日の午後八時過ぎころから本件道路の北側に長さ八・五メートル、幅二・二八メートルの深江車を駐車灯をつけないで駐車していたことは認めるが、右駐車により本件道路における対面通行車両の離合が危険になったとの点は否認し、本件事故が右駐車によって発生したとの主張は争う。

本件道路は見通しのよい直線道路で、深江車の存在が乙山車及び佐藤車からの前方の見通しを妨げたような事実はなく、また、佐藤車は深江車の東端から約一八メートル進行した位置で原告と衝突しているのであり、深江車より東方の本件道路北側には何の障害物もなく、佐藤車が早期に道路北側(左側)に寄って走行することは可能であったのであるから、深江車の駐車と本件事故の発生との間には相当因果関係はない。

3  同2(七)は争う。

4  同3(一)の事実は知らない。同3(二)はいずれも争う。

5  同4の事実は認める。

四  請求原因に対する被告安達、同丁顯、同健一(以下、右被告三名を「被告安達ら」と総称する。)の認否

1  請求原因1のうち、本件道路が駐車禁止であったこと、本件事故当時、本件道路の南側に安達車が駐車していたこと、訴外乙山が原告を後部座席に同乗させた乙山車を運転して本件道路の南側を西に向かって進行してきたこと、訴外乙山が安達車と対向車のいずれかに衝突する危険性があり、そのままでは無事に通過することはできないと考えて急ブレーキをかけたところ、乙山車が転倒したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(五)のうち、被告安達が、本件事故当時、本件道路の南側に路側帯から車道内にタイヤ一本分程度はみ出した状態で安達車を駐車していたことは認めるが、これが本件事故発生についての被告安達の過失に当たるとの主張は争う。

本件道路は駐車禁止の指定があるとはいえ、多数の駐車車両があるのがむしろ常態で、近隣に住む訴外乙山もそれを前提として走行しているはずであり、しかも本件道路は直線で見通しがよく、安達車は大型車両とはいえ車道内にはみ出しているのはわずかにタイヤ一本分程度にすぎないから、被告安達の駐車行為は、駐車違反ではあっても本件事故の原因となる過失とはいえない。

3  同2(六)については、被告丁顯及び同健一が、本件事故当時、安達車の運行供用者の地位にあったことは認める。

4  同2(七)は争う。

5  同3及び4の事実は知らない。

五  抗弁

1  免責の主張(被告阿波商店、同勝夫)

二2記載のとおり、佐藤車の運転手である被告浩美には、本件事故発生について過失はなく、佐藤車は衝突直前に停止していることや原告と佐藤車の衝突場所が本件道路の北側(車道北端から一・六メートルの位置)であることから見ても、被告浩美にとって本件事故は不可避のものであったというべきである。

本件事故の原因は、訴外乙山が、本件事故の三か月前に免許を取得したばかりの未熟者でありながら、時速八〇ないし九〇キロメートルもの高速で進行して来て(訴外乙山が、乙山車から約一八・五メートル程度投げ出されていることから、投げ出された時点での乙山車のスピードは時速約四五キロメートルと推認され、乙山車のような大型の自動二輪車で運転者が姿勢を維持できずに投げ出されるのはその速度が時速にして約四〇キロメートル程度以上急激に減速した場合に限られるから、乙山車は転倒前に制動を開始するまでは時速八〇ないし九〇キロメートルで走行していたものと考えられる。)、比較的早期に佐藤車を発見しながらこれより先に安達車の横を通過できるものと軽信して減速しないまま進行したところ、思ったより早く佐藤車が接近して来たので慌てて安達車の約八メートル手前で不適切なブレーキ操作をしたために、乙山車の後部が強く右に振られて原告が右前方に飛ばされたことにある。

そして、本件事故当時、佐藤車には構造上の欠陥も機能の障害もなかった。

2  免責の主張(被告丁顯、同健一)

本件事故は、最高速度が時速三〇キロメートルに指定されている本件道路を時速五〇ないし六〇キロメートルで走行し、かつ安達車との衝突の危険に気がつくのが遅れ、安達車のわずか八メートル手前まで前記速度で漫然と進行したうえ、ブレーキ操作も不適切であった訴外乙山の過失及び後部座席に同乗しながら訴外乙山の右のような高速走行を制止しなかった原告の過失によって発生したもので、四2記載のとおり、被告安達には本件事故発生について過失はなく、また、本件は安達車の駐車中の事故であるので、同車の構造上の欠陥及び機能の障害の有無は本件事故の発生と無関係である。

3  過失相殺の主張(被告ら)

(一) 本件事故の発生については、原告にも、同乗者として、訴外乙山が制限速度時速三〇キロメートルに指定されている本件道路を時速五〇ないし六〇キロメートル(但し、被告浩美らは、右速度を時速八〇キロメートルから九〇キロメートル以上と主張している。)で走行しているのを制止すべき義務があったのに、何らこれを行っていない過失があり、また、本件事故当時、原告がヘルメットを手に持ったままで着用せずに乙山車に同乗していたことが外傷性脳幹損傷という重大な結果を発生させる原因となっており、原告にはこの点にも過失があったから、損害額の算定に当たってはこれらの過失を斟酌すべきである。

(二) さらに、原告は乙山車の所有者であり、自己が自動二輪車の運転免許を有しなかったので訴外乙山にこれを運転させてドライブをしていたものであるから、乙山車の運行供用者として、訴外乙山の運転上の過失は原告自身の過失と同視されるべきであるところ、訴外乙山には、本件事故発生について、最高速度が時速三〇キロメートルに指定されている本件道路を時速五〇ないし六〇キロメートル(但し、被告浩美らの主張は前記のとおり。)で走行していたうえ、衝突の危険を感知するのが遅れ、安達車のわずか八メートル手前でこれを認知するまで漫然前記速度のまま進行し、不適切なブレーキ操作により乙山車を転倒させた過失があるから、損害額の算定に当たっては訴外乙山の右過失も斟酌すべきである。

六  抗弁に対する原告の認否

抗弁事実はいずれも否認ないし争う。

なお、本件事故発生について訴外乙山に過失があることは認めるが、右過失をもって原告自身の過失と同視すべきであるとの主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

原告と被告浩美らとの間においては、請求原因1記載の日時に、訴外乙山が後部座席に原告を同乗させた乙山車を運転して本件道路の南側(左側)を西に向かって進行し、佐藤車が本件道路の北側に駐車していた深江車を避けて道路中央を乙山車に対向して東進したこと、訴外乙山が危険を感じて急ブレーキをかけたところ乙山車が転倒し、その際路上に投げ出された原告が佐藤車と衝突したこと、原告と被告深江運送との間においては、本件道路が終日駐車禁止になっていること、本件事故当時、本件道路の北側に深江車が駐車灯をつけずに駐車していたこと、原告と被告安達らとの間においては、本件道路が終日駐車禁止になっていること、本件事故当時、本件道路の南側に安達車が駐車していたことがそれぞれ右各当事者間に争いがなく、右の各争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、請求原因1記載の日時に、訴外乙山が後部座席に原告を同乗させた乙山車を運転し、幅員が狭くて中央線が引かれておらず、終日駐車禁止の場所に指定されている東西道路の左側(南側)寄りを東から西に向かって進行してきたところ、進路前方の本件道路の南側に安達車が駐車しており、また、折から本件道路を乙山車に対向して東進してきた佐藤車が、本件道路の北側に駐車してきた深江車を避けて道路中央付近を進行してきたので、訴外乙山が危険を感じて急ブレーキをかけ、そのために乙山車が転倒し、その際路上に投げ出された原告が佐藤車に衝突し、乙山車が安達車に衝突するという交通事故が発生したことが認められる。

二  被告らの責任

1  被告浩美の責任について

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件道路は、住宅、店舗、水田等が混在する中を通っている車道部分の幅員が約四・七メートルの見通しのよい東西方向の直線のアスファルト舗装道路で、中央線による車両通行帯の設定はないが、右車道部分のほかに、道路北側には幅員約〇・六メートル、同南側には幅員約一・七メートルのアスファルト舗装で右車道部分とは白線で区分された路側帯がそれぞれ設けられており、本件事故現場付近ではさらにその外側、道路両側の水田との間に、北側は幅約〇・八メートル程度、南側は幅約〇・六メートル程度の雑草の生えた路肩があり、後述する安達車の駐車位置の東端から約二〇メートル程東寄りの地点が最も低く、それより西は西方に向って一〇〇分の二程度の上り勾配になり、東も東方に向ってごく緩やかな上り勾配となっている。また、本件事故現場付近は、南北両側とも数十メートルにわたって建物が途切れて前述のように水田になっているため、夜間は水田の東西両側の住宅及び店舗からもれる灯火がある程度のやや暗い状態になるが、後述の安達車を約三〇メートル手前から前照灯なしで発見できる程度の明るさはあった。本件道路は夜間の交通量は比較的少なく、事故当日の午後一〇時前後の通行車両は一〇分間に七台程度であり、本件事故当時、路面は乾燥していた。

なお、本件事故当時、本件道路は終日駐車禁止の場所に指定されており、最高速度は時速三〇キロメートルに規制されていた。

(二)  本件事故当時、本件道路の南側には、幅二・四九メートル、長さ七・五三メートルの大型貨物自動車(ダンプカー)である安達車が、車首を西に向け、車体右後部角が本件道路の南側の路肩に立っているナカミヤ一一/E一五の電柱の東方一九・六メートルの地点にくる位置で、車体の大部分は路側帯及び路肩上にあるが、車体の右側を約四〇センチ車道内にはみ出した状態で、駐車灯をつけないまま駐車しており、右安達車の西方一八・七メートル(安達車前端部の線から深江車前端部の線までの距離)の本件道路北側には、幅二・二八メートル、長さ八・五メートルの普通貨物自動車である深江車が、車体の大半は路側帯及び路肩上にあるが、車体の右側を約七〇センチ車道内にはみ出した状態で、駐車灯をつけずに駐車していた。

(三)  被告浩美は、助手席に被告勝夫を同乗させた佐藤車(長さ四・六四メートル、幅一・六九メートルの普通乗用自動車)を運転し、時速三〇ないし三五キロメートル位の速度で本件道路の左側(北側)寄りを東進中、四〇ないし五〇メートル前方の道路左側に前記のような状態で駐車している深江車を認めたので道路中央寄りに進路を変えて深江車の側方付近に差し掛かったころ、前方(東方)の本件道路右側(南側)に前記のような状態で駐車している安達車を認め、右安達車を認めた直前ころには、安達車のさらに東方から対向して西進してくる単車のライト(乙山車のライト)を認めていたが、安達車の側方で乙山車と擦れ違うことになり、乙山車との離合が危険な状態になるとは考えなかったので、そのまま道路中央付近を進行し、深江車の側方を通過し終った辺りで、やや減速して速度を時速二五ないし三〇キロ位にするとともに、ハンドルをわずかに左に切った。しかし、佐藤車は、さほど進路を変更することなく、同車の右側端と本件道路の車道南端(南側路側帯との区分線)との間隔が約一・六メートルで、安達車の右側端の延長線との間隔が約一・二メートルとなる道路中央付近を東進し、佐藤車が深江車の東端から七ないし八メートル位東に進んだときに、被告浩美は、安達車の後方に接近していた乙山車がバランスを崩して転倒するのを認めて危険を感じ、急ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切ったが、佐藤車が約一〇メートル左斜め前方に進行して同車左前部が北側の路側帯にほぼ接するような位置で停止するのと同時位に、乙山車から投げ出された原告が車道南端(南側路側帯との区分線)から約三・一メートルの位置で佐藤車の右前部に衝突した。

なお、佐藤車は、本件事故当時、前照灯を下向きにして走行していた。

(四)  訴外乙山は、後部座席に原告を同乗させた乙山車(長さ約二・〇六メートル、幅約七五センチ、高さ約一・一六メートル、車両重量約一九一キログラム、総排気量〇・三九九リットルの自動二輪車)を運転し、本件事故現場の東方約二〇〇メートルの交差点を右折して、時速五〇ないし六〇キロメートル位の速度で本件道路を西進してきて本件事故現場に差しかかり、南側路側帯との区分線から約四〇センチ北寄りの位置である道路左側を走行していたとき、前方約三〇メートルの地点に前記のとおり駐車している安達車と、その前方(西方)の道路中央付近を東進してくる佐藤車のライトを認めたが、その時点では佐藤車との離合が危険な状態になるとは考えなかったので、直ちに減速することなく進行を続けた。ところが、その後も佐藤車が道路中央付近をそのまま進行してきたので、安達車を避けて道路中央寄りの進路をとれば佐藤車と衝突することになり、そのまま直進すれば安達車に衝突することになる危険を感じ、安達車の後方十数メートル位の地点で急制動を掛けたが、ブレーキ操作が適切でなかったため、乙山車はバランスを崩して車体の右側を下にして転倒し、その際、原告は右前方に投げ出されて、安達車右後部角から約九・三メートル西方でその頭部が佐藤の右前部に衝突し、訴外乙山も同様に前方に投げ出されて安達車右後部角から約一三・五メートル西方の車道内に転倒し、乙山車は転倒後滑走して安達車の下に潜り込んだ状態で安達車と衝突し停止した。

(五)  本件事故の結果、佐藤車は右前エプロン及び右前方向指示器が凹損ないし破損し、破損した方向指示器に原告のものと思われる毛髪が付着しており、乙山車は右前方向指示器、前照灯、計器、前部フェンダーが破損し、フォークが後方へ曲がり、ガソリンタンクに凹損、右ブレーキペダルの脱落等が認められたが、フレームが大きく曲がるほどの破損には至っていなかった。また、本件道路上には安達車の右後部角の東方の路側帯との区分線から約四七センチ北寄りの位置で始まり、道路と平行に安達車の右後部角付近に至る長さ約三・三五メートルの乙山車によって印された擦過痕が残されていた。

なお、《証拠省略》中には、乙山車のライトを認めたのは深江車の横にきたときである旨の供述記載及び供述部分があるが、対向車のライトは自車の前照灯が届かないような遠くであっても容易に確認できるものであるから、被告浩美が脇見等をしていないかぎり、遅くとも深江車を避けて道路中央に進路を取り、深江車等の前方の視界を遮る物がなくなった時点には、乙山車のライトが目に入ったと考えられること、《証拠省略》中には、深江車の手前でハンドルを右に切ったときに安達車が目に入り、その前に単車のライトが目に入っていたとの供述部分があり、また、《証拠省略》中には、乙山車のライトを認めた地点を特定するような指示及び供述記載は存在しないことなどに照らすと、乙山車のライトを認めた地点が深江車の横であるとする前記供述記載及び供述部分はにわかに信用することができない。

また、被告浩美らは、本件事故当時の乙山車の速度は、本件事故時に訴外乙山及び原告が飛ばされた距離から時速九〇キロメートル前後であったと算出されるから、右速度は八〇キロメートルから九〇キロメートル以上であったと主張するところ、被告浩美らの採用した算定方法は、歩行者の跳ね飛ばされた距離等から衝突時の四輪自動車の速度を算出するために考案された算式により訴外乙山が乙山車から離れた瞬間の乙山車の速度を算出したうえで、訴外乙山が乙山車から投げ出されていることからすると、乙山車には急制動により四〇キロメートル以上減速度が生じているはずであるとし、右算出結果にこれを加算したものをもって乙山車の制動前の速度とするものであるが、前認定の事実によれば、訴外乙山及び原告は急制動による減速のみによって乙山車から投げ出されたのではなく、前認定のとおり、バランスを失って転倒したことも投げ出された原因になっていると考えられるから、制動による減速度が四〇キロメートル以上あるとしてこれを加算することの合理性は疑わしく、前認定のとおり乙山車の損傷の程度がさほど大きくなかったことに照らしても、右算出結果は採用することはできない。

他方、原告は、佐藤車が前照灯を上向きにして本件道路中央付近を進行してきたため、訴外乙山が右前照灯に眩惑されたと主張し、証人乙山春夫の証言中には、乙山車が本件道路の中央よりやや左側寄りを走行してきて安達車の東方約三〇メートルの地点まできたころに、対向してくる佐藤車を認めたが、そのころから佐藤車の前照灯で眩惑され始め、一時期は視界が真白になって何も見えない状態になったため、これを避けるために徐々に道路左側へ寄り、安達車の東方約八メートルの地点まで進行したときに眩惑が収まり、その時点で初めて安達車を発見するとともに、安達車との衝突の危険に気がついた旨を述べる部分があるが、右証言中にはそのように強度の眩惑に遭遇したと述べ、かつ対向車の前照灯に眩惑されたときには、減速して視線をそらすのが適切な対処方法であることを知っていたと述べながら、他方では、眩惑は次第に強くなって数秒間継続したにもかかわらず、その間減速しないまま進行したと述べていることに照らすと、右証言自体にわかに信用し難いばかりでなく、《証拠省略》中には、右のような指示説明や供述がなされた旨の記載はなく、同人は右の点について警察では全く取りあげてもらえなかったと証言するが、《証拠省略》によれば、翌六〇年一月になって眩惑の有無の確認を主目的とした実況見分が訴外乙山、被告浩美、同勝夫らの立合のもとあらためて行われ、佐藤車のライトを下向きにしての実験ではあるが、眩惑は瞬間的に起こるものの運転に支障をきたす程のものではないことが確認されていることが認められるので、右証言も措信しがたい。そして、《証拠省略》中には、本件事故当時、乙山車は前照灯を下向きにして走行してきたとの供述記載がある点に照らしても、佐藤車の前照灯を下向きにした状態での走向方法が不自然であるということはできない。

また、《証拠省略》中には、訴外乙山が安達車の手前約八メートルの地点で危険を感じて制動を開始したとの指示説明をした旨の記載があり、同人の証言中にも結果的に同趣旨を述べる部分があるが、前認定のとおり、当時の乙山車の速度は時速約五〇ないし六〇キロメートル(秒速にして約一三・九ないし一六・七メートル)程度であり、安達車の後方約二ないし三メートルの位置から乙山車による擦過痕が記されていることと、危険を認知し、これに反応して制動動作を行い、その結果車体に実際に制動効果が現われるまでには一定の時間を要し、単車の場合にはハンドブレーキがあるので、足のみによる四輪自動車よりも若干短いとしても、知覚時間と反応時間の合計だけでも〇・六秒から一秒程度を要するものとされていることと、乙山車は制動効果が生じたことによってバランスを失い、バランスを失ったのちも転倒して擦過痕がつき始めるまで進行し続けていたものと考えられることなどの点に照らすと、訴外乙山の右供述及び指示説明は採用することはできない。

他に、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、以上認定の各事実を前提に被告浩美の過失の有無について検討するのに、被告浩美が本件道路に深江車と安達車とが約一九メートルという近接した位置に両側駐車しているところへ乙山車が対向して進行してくるのを認めたのに、深江車の手前で停止して乙山車に進路を譲ることなく、道路中央付近をそのまま進行して深江車の側方を通過しようとした(右の進路を変更した。)ことは前認定のとおりであるが、前認定の事実によれば、この時点では、乙山車と深江車との距離は佐藤車と深江車との距離よりもはるかに大きかったものと認められ、乙山車に正常な運転を期待できないような特段の事情があったともいえないから、被告浩美が、対向車両が合理的な運転をするものと信頼して先に深江車の横を通過しようとしたこと自体は許されるべき行為であるということができる。しかし、安達車との間には、深江車との間のような距離差はないのであるから、深江車の側方を通過したのちは、安達車の側方で乙山車と離合することになって離合に危険が生じたり、走行の安定を失いやすい対向の単車に危険感をいだかせて急ブレーキによる転倒等の事故を招来することのないように、速かに左にハンドルを切ってできるだけ道路の左側を進行すべきであり、さらに、深江車の側方を通過し終わる以前においても、右のような危険が生じ、または、対向の単車に危険感をいだかせるおそれがあるときは、深江車の側方通過を中止すべき義務があるというべきであるところ、前認定のとおり、被告浩美は深江車の側方を通過したのちわずかに左にハンドルを切るとともに若干減速してはいるものの、深江車の前端より七ないし八メートル前方まで進行した時点(前認定の深江車と安達車の駐車位置からすると、この時点で佐藤車は安達車の手前約一〇メートルの地点まで進行していたことになる。)においてもなお、道路中央付近を時速二五ないし三〇キロメートル程度の速度で進行し、そこで初めて乙山車がバランスを失って転倒するのを認めて急ブレーキをかけているが、前認定のとおり、乙山車が危険を感じて急ブレーキをかけたのは安達車の後方十数メートルであり、乙山車の速度は佐藤車の倍近くあったことからすると、被告浩美が乙山車を認めたのち、その動向と安達車との距離関係に注意を払っておれば、右時点以前の深江車の側方通過中においても、安達車の側方付近で乙山車と離合することになることを認知することができ、前記のような危険性、または少なくとも危険感をいだかせて事故発生に至らせることの予見可能性はあったものと認められるから、深江車の側方を通過したのちも安達車の手前約一〇メートルの地点まで、前記のような走行を続けていた被告浩美には、少なくとも、乙山車の運転者である訴外乙山に危険感をいだかせて(前認定の事実によれば、訴外乙山の急ブレーキの原因としては、安達車との距離の判断の誤りも考えられるが、佐藤車が自車のライトを認めて左に進路を寄せることを期待していたのに、佐藤車がそのまま進行してきたのでろうばいしたということも考えられる。)バランスを失う危険性のある急ブレーキをかけさせた過失があるというべきである。

従って、被告浩美は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

2  被告阿波商店の責任について

被告阿波商店が佐藤車の所有者であることは、原告と同被告間で争いがなく、右事実によれば、本件事故当時、佐藤車は同被告のために運行の用に供されていたものと推認されるから、同被告は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

3  被告勝夫の責任について

《証拠省略》を総合すれば、佐藤車は被告阿波商店の所有であるが、被告阿波商店は、役員は被告勝夫のみで、従業員は被告浩美を含めても二名だけの酒類及び食料品の小売業を営む有限会社であること、佐藤車は、被告勝夫及び同浩美の被告阿波商店の店舗への通勤用に使用するほか、被告阿波商店の商品の配達等にも使用することがあるが、被告阿波商店には配達用としては別に軽貨物自動車があり、被告勝夫も個人として別に軽自動車を所有しているものの、それは貨物車であり、被告勝夫が自由に使用しうる乗用車は佐藤車のみであるので、被告勝夫は佐藤車を個人的用途にも使用しており、同被告及び被告浩美らは佐藤車が被告勝夫の所有であるとの認識をも有していたこと、本件事故当時、佐藤車は、被告勝夫及び同浩美が被告阿波商店の店舗から自宅へ帰るために運行されていたが、本件事故は、被告阿波商店の業務とは直接の関係を有しない被告勝夫の知人をその自宅まで送るために、通常の通勤経路には属さない本件道路を走行していたときに発生したものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故当時、佐藤車は被告勝夫のためにも運行の用に供されていたものと認めるのが相当であるから、同被告は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

4  被告深江運送の責任について

被告深江運送が、本件事故当時、深江車の保有者であったことは、原告と同被告間に争いがなく、右事実によれば、同被告は、深江車の運行供用者として、自賠法三条に基づき、深江車の運行によって生じた人的損害を賠償する責任がある。

そこで、本件事故が深江車の運行による事故に当たるかどうかについて検討するのに、《証拠省略》によれば、本件事故当時、深江車は貨物自動車運送業を営む被告深江運送の営業用自動車として使用されていたこと、被告深江運送の従業員である訴外塩崎は、昭和五八年ころから深江車を専属で運転して貨物の遠距離輸送に従事していたが、同人は、業務の都合で夜間に遠方へ出発する場合には、大阪府八尾市所在の被告深江運送の事務所を出発したのち、自宅から徒歩七分くらいの距離にある本件事故現場付近まで深江車を運転してきて、付近の路上に同車を駐車して自宅で休息等をしてから出発することにしており、このような駐車は一週間に一、二回程度は行っていたこと、本件事故当日も貨物の長距離輸送のために深江車の運転業務に就いたのち、午後一一時ころから運転を再開して業務に就く予定のもとに、本件道路が駐車禁止であること、既に安達車の駐車がなされていることを知りながら本件事故現場に深江車を駐車し、着替えを取りに帰るのと、しばらくの間休息をするために自宅に帰っていたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故当時の深江車の駐車は、被告深江運送の業務である長距離貨物輸送業務の一環をなすものであって、その前後の走行と連続性があるということができ、このことに、自賠法の立法趣旨からすると、自動車は、それが交通の用に供され、それによって作り出された危険状態が存続している間は、引き続き運行状態にあると解するのが相当であるところ、道路上に駐停車中の自動車は他の車両等の円滑な交通の妨げとなってその交通上の危険を多少とも増大せしめるものであるが、道路の状況、夜間における駐車灯点灯の有無等の駐車の態様によっては、走行中の自動車に劣らない危険性を有することがある点を考え合わせると、深江車の本件駐車は運行に当たるというべきである。

しかるところ、1で認定した事実によれば、佐藤車が本件事故現場に駐車していた深江車を避けて本件道路の中央付近を進行したために、佐藤車に対向して進行していた乙山車の運転者である訴外乙山が危険を感じて急ブレーキをかけたことが本件事故の原因の一つになっているということができるから、本件事故と深江車の駐車との間には事実的因果関係が認められ、また、前認定のとおり、深江車の駐車態様は、駐車中の安達車の西端から約一八・七メートル西方の位置で、車道内に約七〇センチメートル車体をはみ出したものであって、右安達車との間隔一八・七メートルの間で蛇行するようにして右両車を避けることは、比較的高速で本件事故現場に接近してきた車両にとって容易ではないと考えられるので、右両車の駐車により右両車間の本件道路の車道の幅は、実質的には三・六メートル程度に狭められており、安全のために駐車車両及び対向車との間にとるべき間隔を考慮すると、その間においては、徐行状態でない通常走行による車両の離合は危険な状態になっているということができること、前認定のとおり、右両車とも駐車灯を点灯していないうえ、本件事故現場付近は比較的灯火の少ないやや暗い場所であり、また、本件道路は、最高速度が三〇キロメートルに規制されているが、比較的交通量の少ない直線道路であって、高速走行車両の存在も予見可能であること等を考慮すると、深江車の本件駐車には、事故を誘発する危険性があり、本件事故は右危険が現実化したものということができ、右駐車と本件事故との間には相当因果関係が認められるから、本件事故は深江車の運行によって生じたものということができる。

従って、被告深江運送は、自賠法三条に基づき、本件事故によって原告の被った損害を賠償する責任がある。

5  被告安達の責任について

前認定の事実によれば、被告安達は終日駐車が禁止されている本件道路上に、夜間、駐車灯を点灯しないで車道内に約四〇センチメートルはみだした状態で安達車を駐車していたものであり、幅二・四九メートル、長さ七・五三メートルのダンプカーである安達車の車体の形状、前認定のような本件道路の幅員、形状からすれば、右駐車により本件道路の車道の円滑な交通が害されているものというべきであり、さらに対向車がある場合には、車両が路側帯内を通行する必要が生ずることも多いと考えられるが、その通行の妨害にもなっていること、駐車灯などの灯火がないため夜間に本件道路を通過する車両にとっては、発見の遅滞という事態が生じがちであること、駐車車両の側方を通過する際には安全のために駐車車両との間に一定の間隔を保持する必要があることからすると、安達車の駐車によりその車体が実際に車道にはみ出している以上に少くとも一メートルは通行可能な車道の幅が制約されるだけでなく、対向車のライトに注意を集中し、対向車との離合に備えてあらかじめ左寄りの進路をとっている車両にとっては、駐車車両の発見の遅滞による同車との衝突の危険性もあり、これらの点を考慮すると、右駐車は、本件道路を対向して進行してきた本件事故現場付近で離合する車両について、著しく危険を増大せしめているものといわなければならない。そして、前認定の事実によれば、訴外乙山が対向車の存在のために駐車車両との距離の判断を誤り、対向車の予想に反した動向に気がついたときは、駐車車両が危険な障害物として立ちふさがっていたことが不適切なブレーキ操作を招き、このことが本件事故の原因になっていると考えられるところ、前認定のとおり、本件事故現場付近が、人家の途切れた比較的暗い場所で、最高速度が三〇キロメートルに規制されているが、比較的交通量の少ない直線道路で高速走行車両の存在も予想されることを考慮すると、本件事故現場に前認定のような態様で安達車を駐車すれば、本件のように対向進行してきた車両が駐車車両の近くで離合する際、相手車または駐車車両との距離の判断を誤って駐車車両に近付いてから慌てて不適切な運転操作をすることから生じる事故が発生することは十分に予見可能であるということができる。

従って、被告安達には、右のような結果を予見して本件事故現場での安達車の駐車を回避すべきであるのにこれを行ったという本件事故と相当因果関係のある過失があったというべきであるから、本件事故によって原告の被った損害を賠償する責任がある。

6  被告丁顯、同健一の責任について

被告両名が、本件事故当時、安達車を自己のために運行の用に供していたことは原告と右被告らとの間で争いがなく、前記5で認定、説示したところによれば、本件事故は安達車の駐車によって発生したものということができる。

そして、《証拠省略》を総合すれば、被告安達は、被告丁顯及び被告健一が大都建設の屋号で共同経営している土木・道路舗装業に雇用されている運転手であり、安達車は被告安達が専属で運転して大都建設の右業務のために使用していたが、本件事故当日の午後一一時ころから安達車を運転して大都建設の業務である道路舗装用アスファルトの運搬業務に就く予定があったので、それまでの間に自宅で食事と仮眠を取るためと、深夜作業に出るのに便利なように、自宅近くの本件事故現場にまで安達車に乗って帰って駐車していたものであること、大都建設では事務所に駐車スペースがないこともあって安達車を含めた業務用車両の具体的管理は各運転手に任せており、右のように業務用車両を自宅まで乗って帰ることを特に禁じてはいなかったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故当時の安達車の駐車は、被告丁顯、同健一の業務である舗装用アスファルトの運搬業務の一環をなすものであって、予定されている右業務のための走行との間に連続性があるということができ、右事実と前記4、5で説示したところによれば、本件事故は安達車の運行によって生じたものということができる。

従って、被告丁顯、同健一は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

7  免責の抗弁について

被告阿波商店、同勝夫、同丁顯、同健一は、本件事故は訴外乙山及び原告の過失によって発生したものであり、佐藤車及び安達車の運転者である被告浩美及び被告安達に過失はなかったとして自賠法三条但書の免責の主張をするが、被告浩美及び被告安達に本件事故発生についての過失があったことは前記のとおりであるから、右被告らの抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

8  被告らの責任関係

以上認定説示したところによれば、本件事故は安達車及び深江車の駐車行為によって惹起された危険な状態と、被告浩美の過失ある行為とが関連共同して発生したものであるということができるから、以上の被告らの責任は、民法七一九条一項前段所定の共同不法行為の関係に立ち、被告らは、各自、原告に対し、後記損害を賠償すべき義務がある。

三  受傷内容、治療経過、後遺障害

《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件事故によって外傷性脳幹損傷の傷害を受け、請求原因3(二)記載の通りの入院治療を受けたが、完治するに至らず、知能は三、四才程度で精神的には廃疾の状態になったうえ、四肢麻痺、言語障害、視力障害、眼球運動障害の後遺障害が残り、右症状は、昭和六一年九月二〇日に市立枚方市民病院を退院したころにほぼ固定し、現在、左手については胸の高さまで挙上が可能で、細かい動作はできないものの握力がわずかに回復しており、左足は自力では水平状態から二、三〇センチ挙上できる程度の自動運動が可能であるが、右上・下肢は自動運動は全く不能であり、右状態は将来改善する見込みはないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  損害額

1  治療費 四二〇万九二六〇円

《証拠省略》によれば、原告は前認定の入院治療のために少なくとも四二〇万九二六〇円の治療費(文書料を含む。)を要したことが認められる。

2  付添看護費 三〇八万七五〇〇円

前認定の原告の受傷内容に《証拠省略》を総合すれば、原告は、前認定の入院期間中、付添による看護ないし介助を必要とし、原告の父甲野太郎(以下、「太郎」という。)または原告の祖母が付添って看護し、特に太郎は右入院期間のうち国立循環器センターへの入院期間の途中から毎日(後記認定の自営の仕事があるときは、右仕事を終えたのち、)、同センターに通って、殆ど自動運動の見られない原告の身体の関節が拘縮しないようにリハビリを行ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は、前認定の六九四日間の入院期間中に付添のための交通費を合わせて一日当たり四五〇〇円程度の付添看護(介助)費相当の損害を被り、その合計額は三〇八万七五〇〇円を下らないものと認められる。

なお、原告は、前記入院期間中の近親者による付添のための交通費として、太郎の自家用車のガソリン代及び駐車料を含め、合計六八万九八九〇円を要したとして、これを本件事故による独立した損害項目に掲げて請求しているが、《証拠省略》によれば、原告の入院先である関西医科大学附属病院は守口市文園町に、国立循環器病センターは吹田市藤白台に、愛仁会高槻病院は高槻市古曽部町に、市立枚方市民病院は枚方市禁野本町にそれぞれ所在し、いずれも太郎の住所地とは比較的近接していることが認められる。また、《証拠省略》によれば、右各病院への付添のための通院に要した公共交通機関を利用した場合の交通費や自家用車を利用した場合のガソリン代の負担は、日額平均でみれば比較的に低額であることが認められ、他方、前認定事実によれば、太郎の付添は、夜間等の比較的短い時間が多かったであろうこともうかがわれるので、前認定の付添看護費のほかに各病院への往復に要する費用を別に損害として認めなければならない必要性は認め難い。

3  入院雑費 七五万六三〇〇円

前認定の原告の受傷内容、治療経過に鑑みれば、原告は、前認定の六九四日間の入院期間中に、平均して一日当り一一〇〇円程度の雑費を要し、合計七五万六三〇〇円を下らない雑費を要したものと推認することができる。

4  将来の介護費 八一二二万一九九〇円

前認定の原告の治療経過、後遺障害の内容に、《証拠省略》を総合すれば、原告(昭和四一年一二月一九日生)は、昭和六一年九月五日に枚方市民病院を退院したのちは、重度身体障害者更生援護施設わらしべ園に入園しているが、同園は身体障害者福祉法に基づく施設で、その入園期間は概ね五年以内とされており、具体的には入所者各人に対する指導計画によって適宜決定するものとされているが、その際に主として考慮されるのはわらしべ園が訓練施設であることから訓練による成果が期待できるかどうかであり、前認定のような症状で、今後の訓練による改善が期待できない原告の場合は、平成三年八月末日ころには同園を退園して、それ以降は自宅で生活せざるを得ないことになる蓋然性が高いこと、原告は、前認定のとおり左手がわずかに動くだけであるため、食事、入浴などの日常動作、また本件受傷の影響により通常人に比べて多くなっている夜間も含めた頻回の排尿の度に介助を必要とし、さらに移動については屋内においても介助とともに車椅子が必要で、後記認定のような家屋改造をして電動式リフトを設置すれば、これによる移動自体は自力でできるとしても、リフトへの乗り降りには介助が必要であること、原告の家族は、現在、太郎と祖母の二人だけで、太郎は催し物の企画、構成、演出の会社を経営しており、業務の維持・拡大のためにはしばしば出張する必要があり、祖母も平成二年三月現在七二歳の高齢であるから、身長一メートル八二センチ、体重六二キログラム(昭和六三年一一月現在)の原告の介助は遠からず不可能となることが予想され、現在でも太郎不在の場合に祖母一人で必要な介護のすべてを行うのは困難であること、原告は前認定の後遺障害が存するほかは健康体とは言え、今後の平均余命期間の生存に疑問を投げかけるような徴候はないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は満二四歳になる平成三年九月から、同年齢の男子の平均余命期間の範囲内である四八年間にわたって、職業付添人一名の住込による常時介護を必要とするものと推認されるところ、《証拠省略》を総合すればその費用として一日当たり少なくとも一万円を要するものと認められるから、右金額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、平成三年九月から四八年間に要する介護費用の昭和六三年六月二八日(附帯請求である遅延損害金の起算日、以下、同じ。)における現価を算出すると八一二二万一九九〇円となる。

(計算式)

10,000×365×(24.9836)-2.7310)=81,221,990

5  家屋改造費 五九〇万円

前認定の原告の後遺障害の内容、《証拠省略》を総合すれば、原告がわらしべ園退園後、介護者一名による介護のみでの原告方自宅(鉄筋コンクリートの共同住宅であるいわゆるマンション)における生活を可能にするためには、前認定の原告の後遺障害の内容から見て、浴室の浴槽を障害者用特殊浴槽に取り替えて、入浴用リフトや手摺を設置するとともに、浴室自体も拡張する必要があり、そのためには隣接する便所及び洗面所の位置を移動するとともに、便器及び洗面台も障害者用のものに取り替えそれぞれに手摺を設置する必要があること、右自宅の部屋のうちで出入口が広いことや居間に隣接して介護に便利なことなどの点から最も原告の寝室に適している部屋が現在和室になっているため、これをベッドを常設するのに適した洋室に改造することが望ましく、また、原告の健康の維持のためにできるだけ自力で移動ができるようにするのが望ましく、前認定のような原告の介護を一人で行うためには、右寝室から浴室及び便所へ天井敷設型電動式リフトを設置するのが相当であること、車椅子による外出等のための移動を円滑にするためには、右寝室と居間との間及び玄関と廊下との間に現存する段差を解消する必要があること、以上の改造工事を行うためには五九〇万円を下らない費用を要することが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右金額も本件事故と相当因果関係のある損害であると認められる。

6  介護用品費 六九万八二七七円

①  介護用ベッドのレンタル料金 三五万八四二三円

前認定の事実に、《証拠省略》を総合すれば、原告は、前記のとおり、市立枚方市民病院退院後、わらしべ園に入園中であるが、入園後も時々帰宅が許されて自宅が宿泊するので、これに備えて昭和六一年九月以降訴外フランスベッド株式会社から病院用の特殊ベッドを継続的に借入れ、その賃料として一年目については三か月当たり八〇〇〇円、二年目は同五〇〇〇円、三年目以降は同三〇〇〇円を支払い、昭和六三年九月までに合計五万二〇〇〇円を支払ったことが認められ、右事実によれば、原告は、同年一〇月以降も介護用ベッドのための費用として、同年令男子の平均余命の範囲内で五三年間にわたり、年間一万二〇〇〇円程度の費用を要するものと推認されるから、右金額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和六三年九月以降の五三年間に要する介護用ベッド代の昭和六三年六月二八日における現価を算出すると三〇万六四二三円となり、これに前記支払ずみのレンタル料金五万二〇〇〇円を加えると三五万八四二三円となる。

(計算式)

12,000×25.5353+52,000=358,423

②  車椅子購入費 三三万九八五四円

《証拠省略》を総合すれば、原告は、移動のために必要な車椅子を現在までに二度購入しており、その代金として一回につき少なくとも一二万円を要し、そのうち七万七〇〇〇円について補助を受け、残額の少なくとも四万三〇〇〇円を二回にわたって自己の負担で支払っていることが認められ、右事実によれば、原告は今後も車椅子を少なくとも四年に一度は新規購入しなければならず、平成二年八月以降の原告の平均余命である五三年間に少なくとも一三回購入する必要があるものと推認されるから、前記の四万三〇〇〇円を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、平成元年八月以降に要する車椅子購入費用の昭和六三年六月二八日における現価を算出すると二五万三八五四円(一円未満切り捨て)となり、前記支払ずみ額と合わせると三三万九八五四円となる。

なお、《証拠省略》中には、車椅子の耐用年数が二年程度であると述べる部分があるが、前認定のとおり、車椅子に乗って常時生活するわけではなく、通常はベッド上に仰臥した状態で生活し、移動に際してのみ車椅子を使用しており、特に前述の家屋の改造によって家屋内での移動用に電動式リフトを設置したのちには車椅子の使用は外出時に限定されることになる原告の車椅子の耐用年数としては短期に過ぎるものといわざるを得ず、右供述部分は採用し得ない。

(計算式)

86,000+43,000×(0.8+0.6896+0.606+0.5405+0.4878+0.4444+0.4081+0.3773+0.3508+0.3278+0.3076+0.2898+0.2739)=339,854

③  その他の各種介護用品代について

原告は、その他の各種介護用品のための出費として平成二年七月現在で年間に少なくとも七万五〇〇〇円を要していると主張し、《証拠省略》中には右主張に副う部分があり、前認定の原告の後遺障害の内容及び程度からも、原告が今後日常的にある程度の介護用品購入のための出費を要するものとは推認されるが、右供述は、前認定の車椅子購入費やベッドレンタル料なども含んだうえでのきわめて大まかな感覚を述べたものに過ぎず、介護用品代として必要な額を特定して認め得るような証拠は存しないから、これを認めることはできない。

7  後遺障害による逸失利益 四五二三万五八九三円

前認定の原告の後遺障害の内容及び程度によれば、原告は右後遺障害によりその労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められるところ、原告は、本件事故に遭わなければ大学進学が確実であったとして、大学卒男子の平均年収を基礎として算定した逸失利益を請求しているが、《証拠省略》によれば、原告は、本件事故当時、大阪府立枚方西高等学校三年に在学中の健康な男子で、担任の教諭に対して大学進学の希望を伝えていたことが認められるものの、原告の大学進学が確実であったと認めるに足るだけの証拠はなく、逆に《証拠省略》によれば、本件事故当時、高校三年の秋になっていたにもかかわらず、太郎は、原告から京都産業大学を受験したいという希望を聞いていただけで、大学進学や将来の進路について煮詰った話合いをしたことがなかったことが認められるから、原告の逸失利益算定の基礎収入として大学卒男子の平均収入を採用するのは相当でなく、本件事故当時を基準とした将来の予測にすぎず、不確定な要素もある原告の逸失利益の算定の基礎としては、高校卒業後の一八歳から六七歳まで稼働することを前提に高校卒男子の収入を採用するのが相当というべきである。そこで、昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表の高校卒男子労働者の平均年収である一八五万二七〇〇円を基礎とし、就労可能期間を一八歳から六七歳までの四九年間とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると四五二三万五八九三円(一円未満切り捨て)となる。

(計算式)

1,852,700×1.0×24.4162=45,235,893

8  慰謝料 二三〇〇万円

前認定の原告の受傷内容、治療経過並びに後遺障害の内容及び程度、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、本件事故によって原告が受けた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二三〇〇万円が相当であると認められる。

五  過失相殺

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故の直前に自己所有の乙山車(昭和五九年八月に友人から中古車として購入したもの。)を運転して高校の同学年の友人である訴外乙山の自宅を訪れ、原告が訴外乙山に「乗るか。」と言ったことから、原告が自動二輪車の運転免許を持っていないこともあって、訴外乙山が後部座席に原告を同乗させて乙山車を運転することになったこと、訴外乙山は、自動二輪の運転免許取得後三か月で、自動二輪車の運転経験は少なく、それまでにも原告を自己所有の単車の後部座席に同乗させて運転することはあったが、乙山車については一度借りて運転したことはあったものの、二人乗りで運転するのは初めてであったこと、訴外乙山は、本件事故現場の手前で交差点を右折して、制限速度が三〇キロメートルである本件道路を時速五〇ないし六〇キロメートルの高速で進行していたが、原告が後部座席から訴外乙山の高速走行を制止も注意もしなかったこと、本件事故当時原告は、ヘルメットの紐を左腕に引っ掛けて持ったままで乙山車の後部座席に同乗しており、着用はしていなかったことが認められ、以上の事実に前認定の本件事故の態様、原告の受傷内容と訴外乙山は原告のような重篤な傷害を受けていないこと(この事実は《証拠省略》により認められる。)を考え合わせれば、原告が自動二輪車の後部座席に同乗するに際し、着用を義務付けられているヘルメットを所持しておりながら着用しなかったことが、前認定のような重篤な後遺障害を生ぜしめた原因になっているものと推認され、また、原告には自動二輪の運転免許がなく訴外乙山はこれを有していたとしても、訴外乙山は免許取得後間がなく、他方原告は乙山車の所有者で自らも運転経験があったのであるから、走行の安定を失いやすい単車の同乗者として、自己の身体・生命の安全のためにも、訴外乙山の運転状況に留意し、危険な運転を制止すべきであったのに、前認定のとおり、制限最高時速を二〇ないし三〇キロメートルも超過する高速度で乙山車を走行させている訴外乙山に制止や注意をすることなく漫然と同乗していたものであり、前認定の本件事故の態様によれば、右高速走行が本件事故の主要な原因になっていると考えられるから、原告の損害額の算定に当たっては、以上のヘルメット不着用及び速度違反車への漫然同乗の点を原告の過失として斟酌するのが相当である。

なお、被告らは、本件事故発生については訴外乙山に速度違反の高速走行、ブレーキ操作の不適当等の重大な過失があり、原告と訴外乙山の関係から見て同人の右過失は原告の過失と同視されるべきであるから、原告の損害額の算定に当たっては、右訴外乙山の過失をも斟酌すべきであると主張し、前認定の本件事故の態様によれば、訴外乙山に右のような過失があることが認められるが、前認定のとおり、原告と訴外乙山は高校で同学年の友人というにとどまり、訴外乙山の過失を原告のそれと同視することを相当とするような身分上または生活関係上の一体性ないしこれに準ずるような関係があることを認めうるような証拠はなく、従って訴外乙山の過失をもって直ちに原告の過失と同視することはできない。もっとも、前認定の事実関係よりすれば、原告が自動二輪車の運転に必ずしも習熟していない訴外乙山に乙山車を提供しており、このことがなければ本件事故が発生することはなかったという関係が認められるが、右関係は単なる条件関係であって相当因果関係ということはできず、他に訴外乙山自身の過失をも斟酌しなければ信義則ないし衡平の原則に反することになる事情を認めるべき証拠は存在しない。

以上によれば、原告の前記過失を斟酌して前認定の損害額の合計一億六四一〇万九二二〇円からその四割を減じ、原告が被告らに対して賠償を求め得る額を九八四六万五五三二円とするのが相当である。

六  損害の填補 四二五〇万二〇〇〇円

原告が、本件事故につき、自賠責保険から四二四〇万円の支払を受けたほか、身体傷害福祉法に基づく医療費還付金として一〇万二〇〇〇円を受領して、これを前記損害に充当したことについては、被告深江運送と原告との間において争いがなく、《証拠省略》によってこれを認めることができるから、原告の前記五の賠償を求め得る損害額から、右填補額計四二五〇万二〇〇〇円を差し引くと、残額は五五九六万三五三二円となる。

七  弁護士費用 四五〇万円

原告が、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任したことは訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額などに照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は四五〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、六〇四六万三五三二円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和六三年六月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井昇 裁判官 本多俊雄 中村元弥)

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